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昭和44年、北海道鹿部町で6人家族の長男として生まれる
子供の頃の盛田は、2歳年下の弟:幸司とキャッチボールをして遊んだ
弟は、プロ野球選手になることを夢見ていた
しかし弟は、5歳でリンパ肉腫で亡くなった
それから盛田の目標は、弟が生きられなかった分、
自分がプロ野球選手になる、だった
野球の名門 函館有斗高校でエースとして甲子園に出場
そしてプロになるまで背番号のに弟の写真を縫い込んでプレーした
1987年、伊良部や長嶋一茂、立浪と並ぶ中、
盛田は横浜大洋ホエールズにドラフト1位で入団
弟の夢だったプロ野球選手になることができた
27歳の頃、妻:倫子と結婚
その後、パ・リーグの近鉄に移籍後も
中継ぎとして活躍していたが、ある日突然 身体に異変が起きた
 
自宅で就寝中だったときのこと、
右足に痙攣が…その痙攣は試合前にも…
盛田は脚の痙攣をだれにも相談せず試合に出続けた
 
病院で検査を受けると「脳腫瘍」と医師から診断された
「手術が成功したとしても今後、野球ができる可能性は極めて低いです」
腫瘍は直径6㎝、運動野といわれる手足の動きを司る部分
すぐに手術を行った
12時間に及ぶ大手術だったが、見事 腫瘍を取り除くことができた
後は無事に右足の回復を待つのみ
手術から2日が経った朝、右足だけでなく右手まで動かなくなってしまった
 
「ねぇあなた、天国の弟さんが今のあなたを見たらどう思う?弟さんの分まで野球頑張るんじゃなかったの?」
自暴自棄だった盛田は、妻の言葉に救われた
もう一度マウンドに上がりたい
そして夫婦二人三脚でリハビリを開始
5メートルを進むのに1時間かかった
1日7時間のリハビリを毎日続け、動かなかった右手も
わずか2週間でボールを握れるほど驚異的な回復を見せた
 
大手術から405日、盛田はマウンドに立った
復活のマウンドを三振で飾った
そしてその3年後には、1082日ぶりの勝ち星をあげ、
近鉄の12年ぶりのリーグ優勝に貢献した
その翌年、32歳で現役を引退
 
2005年、脳腫瘍が再発
それから3度の手術をおこなったものの取りきれなかった腫瘍が全身に転移
2015年10が、45歳の若さで この世を去った

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